登山ガイドで気象予報士の矢野政人です。小学生くらいのお子さんと親子登山/子連れ登山で富士登山をお考えの親御さんからいろいろご質問をいただきます。「何歳から登れる?」「どれくらい大変?」「高山病は?」 最初は手探りだった息子としあきの5歳初登頂から、小学生になった今も親子富士登山は毎年続いていますが、初期の印象は次第に薄れてきますので、私が親として・登山パートナーとして感じたことを書いておきます。子どもと富士山に登ってみたい、という方のご参考になれば幸いです。
中日新聞・東京新聞に掲載されました
「親子で富士登山」の素朴な疑問
何歳から登れる?
富士山に限らず山登り全般に言えますが、個人差が大きいので「何歳ならOK」と線引きは難しいです。「自分の不調を意思表示できるコミュニケーション力」 と「やってみたいと思う意志・好奇心」がお子さん本人には欲しいです。まずは近所の山を歩いてみて、子どもや自分自身の様子をどう感じたか、それが具体的な判断材料だと思います。次のシーズンに富士登山するなら、そこそこ余裕を持ち全区間自力で歩けて欲しいです。おんぶや抱っこは当然不要。まだ足りていないと感じたら、ここで焦らず数年先を目指すようにすると、富士登山本番を家族で安全に楽しめると思います。
私と息子の初めての富士登山は息子が幼稚園年中(5歳0ヶ月)でした。たまたま好条件が揃い最高峰の剣ヶ峰まで行けましたが、下山が17時過ぎ、さらに下山直後から激しい雷雨となり間一髪のところでした。ゆとりを持った計画にしたつもりでも、なんだかんだで思うように進まず時間がかかりました。それから毎年富士登山に出かけ、頂上まで行かれなかったり、ひどい雨に降られたこともありますが、入念な事前準備と引き返す勇気を持って、安全に楽しくやれています。
どれくらい大変?
山の大きさ
歩行時間トータルは10時間を超えます。標高2,000m以上にある5合目登山口までバスで運んでもらっても、そこから山頂まで自分の足で標高差1,500mほど登り降りします。軽く日帰りできる近所の低山の3-4倍あります。
山の高さ
上のほうは空気が薄く、いつものペースで登っていると息切れします。
高山病の症状(頭痛、倦怠感、吐き気、食欲減退など)が出ると、肉体的にも精神的にもつらいです。症状が改善しなければ下山するしかありません。(高山病は標高3,000mくらいから発症すると言われますが、個人差が大きいようです。私は標高2,017mの雲取山で発症した経験があります。)
子供のサポート/親の負担
自分のことだけで大変なところに子供のサポート任務まで加わり、親の負担は身心ともに大きいです。富士登山に限らず、親が疲れてテンパって、子どもにつらく接したり、夫婦で言い合ってる場面にちょくちょく遭遇します。どんな状況でも子どもの心に寄り添い、最大の味方としてサポートし続けられるかは親の余力にかかっています。準備段階で子どもについて心配するのは当然ですが、実はもっと大事なこと、それは親自身が体力と知識を身につけることだと思います。

「親子で富士登山」の不安と対策
体力
「メンバー全員」が頂上まで行って、帰ってこられるか?
自宅に近いエリアで親子登山の経験を重ねましょう。本格的な山登りが初めてなら、まずは麓から頂上までの標高差400m程度の山(高尾山クラス)から始めて、標高差700-1,000m(奥多摩や丹沢など)の日帰り山行までステップアップできれば体力的には十分だと思います。
私と息子の初めての富士登山の時は、それまで標高差500mしか経験していませんでした。その翌年、2回目の富士登山は親子登山20回目で、それまでに標高差800mの山登りも経験し、息子は標準コースタイムの1.2倍以内で歩けるようになっていました。1回目は淡い期待を胸に背伸びし過ぎてしまったと思います。親も子もそこそこ歩けるようになってから富士山に行くのが、みんなにとってハッピーです。
体調変化
高山病
親の自分も含めて「メンバーの誰かは『なる』」と想定しましょう(症状の種類や程度はいろいろありますが)。どの富士山ガイドブックにも高山病対策は書いてありますので、いろいろチェックしてみてください。まずは予防、発症してしまったら焦らず落ち着いて対策を。
私と息子は「高山病は脳の酸欠」ということに着目し、呼吸法の工夫で高山病を予防しています。深呼吸なのですが、「めいいっぱい吐いて吸う(吸うことより吐くことを意識する)」ことで肺の換気効率を高め、体に酸素をより多く行き渡らせるようにします。富士山の登山道の九十九折を「一往復したら深呼吸2回」で歩くと比較的楽です。また、発汗で水分が失われて血液ドロドロ・血の巡りが悪くなることも脳の酸欠に関与するそうなので水分摂取は十分に行っています(熱中症対策も兼ねる)。
気候
寒暖の差
夏から冬までの気候・気温変化への対応が求められます。
5合目登山口から歩き始めて1時間もすれば森林限界を超え、陽射しを遮ってくれる樹木がなくなります。高所なので涼しいですが、強い陽射しと登りの運動量で暑く感じます。日焼け対策も重要です。ところが雨天になると雨が冷たく感じられ、手先がむき出しだと震えてきます。(できれば防水性能のある)薄手の手袋が欲しいです。
標高3,000m前後の山小屋ではストーブが焚かれています。気温はひと桁台に下がり、じっとしていると首都圏での真冬の防寒具が欲しくなります。山頂の気温は山小屋よりさらに5℃ほど低くなります。
私と息子は明るくなってから山小屋を出発しています。山頂で御来光を迎えるためには山小屋を1時くらいに出発して3-4時間歩く必要があります。小さい子どもを歩かせるのはかわいそうな時間帯だと思います。十分休息して体調万全な状態で2日目の富士山登頂を目指すのが一番だと思います。(※2017年 5回目からは山頂御来光してます)
雨でも登る?
長時間荒れ模様になることがわかっていれば、仕切りなおしが一番だと思います。一生に一度のつもりならなおのこと。
とはいえ、私と息子は雨天の富士登山を2回経験しています。ただ、1泊2日のうち雨は1日だけで別の1日は天気がよく、雨で散々だったという印象はありません。ただ、雨は冷たく、風が強ければブルブル震えるほどなので、低体温症にはご注意ください。晴れ予報でもにわか雨の可能性はあるのでどんなときも雨対策は万全に。
混雑
登山道はいつも渋滞?
「人の渋滞で進まない」ってことは起きていますが、あれは特定のルート・時期・時間帯に限った話です。私と息子はいつも空いた登山道をマイペースで歩いており、息子が富士登山好きになった一因と思います。
ルート
富士登山者の6割が吉田ルートに集中し、残り4割が富士宮ルート、須走ルート、御殿場ルートを利用しています。つまり、吉田ルートだけがダントツに混雑していることになります。御殿場ルートは富士登山者の2-3%しか利用しておらず混雑とは無縁です。その訳は、他コースより標高差で1,000m余計に登り下りしなければならない健脚者向けコースだからです。そこで、スタートは標高2,400mの富士宮口として、宝永火口経由で御殿場ルートへトラバースする「プリンスルート」が密かな人気です。皇太子徳仁親王(令和の天皇陛下)が2008年8月の富士登山で歩かれたルートなので「プリンス」と呼ばれています。2019年夏は新天皇即位の影響で流行るかも!?
私と息子の富士登山ルートは「プリンスルート」もしくはプリンスルートのアレンジで、山小屋は御殿場ルートの「赤岩八合館/砂走館」や「わらじ館」を利用させてもらっています。
曜日・時間帯
土日、特に土曜泊の山小屋が一番混みます。それでも1枚の布団に1.5人程度なので、スペースはそこそこ用意されています。(山小屋泊は要予約)
混雑する時間帯は場所によって異なり、登山口では小屋泊する人が出発する昼前、8合目(小屋)では山頂御来光を目指す人が通過する夜明け前が混雑のピークです。1日目は登山口を早めにスタートし、2日目は山頂御来光はあきらめて山小屋で朝食をいただいてから山頂に向けて出発する「時差登山」にすれば、自分たちのペースでゆったり歩けることでしょう。
私と息子は、富士登山に慣れていない最初のうちは平日に、山頂御来光はあえてパスし、空いている登山道を他人に気兼ねせず歩きました。

トイレ事情
登山道では山小屋のトイレが使えます。頂上にも公衆トイレがあります。どこも有料で1回300円くらいです。吉田、須走、富士宮ルートならだいたい1時間ごとに山小屋がでてきます。順番待ちになることも多いので、早め早めを心がけましょう。
それと「バイオトイレ」の使い方に注意が必要です。「トイレットペーパーを中に捨てない」「使用後はフタを閉める」です。バイオトイレはおがくずに混ぜた微生物がし尿を分解してくれる仕組みです。しかし微生物はトイレットペーパーを分解出来ません。なので備え付けのゴミ箱(大きな箱のときもあり)に捨てるようになっています。いつもの習慣でうっかり中に捨ててしまわぬよう気をつけましょう。また、微生物は低温と乾燥に弱いデリケートな生き物なので、保温と保湿のために使用後はフタを閉めましょう。
私と息子はトイレ用に100円玉を20-30枚持って行き、5枚くらいはすぐ取り出せるところに入れています。さらに、トイレが間に合わないときの備えとして、携帯トイレ、ロールペーパーも持って行きます。人通りが多く隠れる場所の少ない富士山で「やる」のは結構大変です。レインウェアで隠す、余裕があればツェルトを持っていって頭からかぶる、など目隠しを工夫します。だからといって人の目から離れようと登山道を外れるのはマズいです。登山道の外側の石は不安定で、ほんの少しの刺激で落石が起きます。ご近所低山とはまったく違う環境なのでご注意ください。
最後に
富士山に毎年登ることの意味
富士山に登頂できたことは息子の大きな自信になりました。そしてその後の親子登山の継続を決定付けたように思います。毎年「富士山に登る」と自分から言ってくるのは、1年間の成長を確かめたいと思っているのかな、と捉えています。

富士登山から広がる世界
「親子登山で富士登山」…大人だけで登っても大変なのに、小学生や幼稚園児を面倒見しながらの子連れ富士登山となれば、親はさらにさらに大変です。でも、親子がともに相棒として認め合い、苦楽を共にすることは、何度経験しても楽しいです。みなさまも実行に向けて準備を始めてください。そして、富士山1回きりでなく、どこのどんな山でもいいので親子登山に出かけるようになってもらえたら、山好きとしてはうれしい限りです。
焦らず、怒らず、助け合いながら、笑顔で富士山を登ってきてください。
みなさまの富士登山が安全で楽しくできることを願っております。